日本漢方交流会の黎明期を語る 其の一 

          日本漢方交流会相談役 西脇平士                                                                     

    日本漢方交流会前身の西日本漢方交流会の黎明期
(此の記述は私の視点から今を去る約四十年前後の西日本漢方交流会創立前後の記憶を中心に急遽記述しておりますので誤記がありますればご指摘戴ければ幸甚と存じます。順不同をご寛容下さい。
◎多彩な先生方の古いお写真の掲載をご寛容下さい。尚四十年以前の写真も多々有り、又書き込みも有ります。明度にも欠けておりますが、お赦し下さい)                             
はじめに


西
日本漢方交流会の黎明期は今から四十年以前、日本の戦後昭和の東洋医学漢方の勃興期でも有りました。日本各地に漢方研究会発会の機運がボチボチ高まりつつありました。
“老驥櫪に伏するも、志千里に在り”(年老いた名馬が馬屋に臥していても何時も想いは千里の彼方の目標に心を燃やして居るものだ)と中国の武帝は申しました。
戦後の昭和漢方の夜明け、先哲の遺訓を伝承された当時の漢方の東洋医学の古老の先師の方々の並々ならぬ御指導とご努力の証として、日本各地の漢方復興の嵐がドット吹いて参りました。
時に及びて将に勉励すべし、歳月人を待たず。或いは、光陰矢の如し、一寸の光陰軽んずべからず。と申しますが、振り返りますれば将に古方漢方復帰の嵐に乗って各地に雨後の筍の如く熱意溢れる薬系の漢方研究会 が誕生致しました。
西日本漢方交流会はこの波に上手に乗って誕生する事が出来ました。この時期に日本東洋医学会に於いては下記の医系や薬系の先生が方が在籍されておりましたが、会員の主流は薬系の先生方でした。歳を経るごとに、現況からはとても考えられない医師と薬剤師の共同の東洋医薬学研鑽の学界として毎回多数の漢方を学ぶ薬剤師の参加があり当時著名な先師との密接な交流が盛んでした。薬系の優れた漢方家も枚挙に暇も無い時代でした。歴史は繰り返す。後進の学徒に幸い有れ!
当時の日本の漢方界には関東では所謂千葉学派の奥田謙蔵先生門下の先生はじめ奥門会の泰斗小倉重成先生などや、和田啓十郎先生門下の“医界の鉄椎”の著者湯本求眞先生の長男和田正系先生と其のお弟子の先生方。傷寒論研究の木村博昭先生門人高橋道史先生や、貫堂森道伯先生一門の矢数格、矢数有道先生、長寿であられた矢数道明先生と其の門下の先生、湯本求眞先生門人の荒木正胤先生、琴堂大塚敬節先生門人山田光胤先生、大塚恭男先生一門の先生、心身医学の相見三郎先生、薬系の清水藤太郎先生と門下の先生方、朴庵塾荒木性次先生一門の戸田一盛、藤本肇先生など多数の薬系の先生方、特に医家の龍野一雄先生もおられ、龍野先生には当時全国に薬系の数多の弟子がおられました。故人として私も文書等の教示を戴いた一人でもあります。素問研究の泰斗柴崎保三先生(元陸軍参謀)も古典研究で活躍されました。西日本漢方交流会の討論会に寺師睦宗先生共々参加されました。書誌学の岡西為人先生もご活躍でした。関西では栗園浅田宗伯先生の門人森田幸門先生と新妻良輔先生、門下の京都の聖光園細野史郎先生と其の門下の先生方、中野康章、宮坂光洋先生や医史学の中野操先生などが活躍されました。
湯本求眞先生門下の大阪大学の高橋真太郎先生は附子の研究で著名でした。木村康一先生は京都大学を退官後富山医大の初代和漢薬研究所長として活躍されました。岐阜の杉原徳行先生も傷寒論研究で活躍されました。
東京にはウチダ和漢薬(以前は和漢薬種問屋内田商店)さんがあり、創業者で
当時社長の内田庄治さんが全国下駄履きの庄治さんで闊歩され、飾らず奢らず、私の薬局にも来られ漢方談話に時を過ごした。又大阪日本橋の長倉漢方製薬の創始者長倉音蔵さんも営業を離れて西日本漢方交流会に支援戴き御一緒した東京からの帰途、飛行機での漢方談義など、何れも懐かしい思い出でも有ります。
また漢方エキス製剤の開発者として著名な大阪の上田太郎氏が、家業のkkくろやきや小太郎”から小太郎漢方製薬を漢方エキス剤の製薬事業として立ち上げられ、主として古方と云われる傷寒論や金匱要略記載の繁用漢方処方をエキス剤として研究開発して漢方エキス剤の進展の狼煙を挙げた事など懐かしい思い出と為りました。京都薬大の嶋田玄弥先生には生薬の解説を戴き師として御指導を得ました。
大阪大学の生薬の泰斗、附子研究で著名な高橋真太郎先生も支援され、また現在も武庫川女子大学薬学部でご活躍の桑野重昭先生などの研究成果による漢方エキス剤の開発と普及、そして漢方薬での治療と予防を、日々実行し支援された事をしみじみと回想する一人であります。
各地の漢方医学の進展普及には当時の日本東洋医学界の先人でもある故人となられた東京の大塚敬節先生、矢数道明先生と一門の先生方、藤平健先生、現在ご活躍の寺師睦宗先生にもご支援戴きました。
京都では細野史郎先生とその一門の先生方、黙堂柴田良治先生には個人としても種々ご指導を得ました。細野史郎先生も漢方エキス剤の製造研究の創始者でもありました。西日本漢方交流会設立の陰の支援者でもあり、大阪の高橋真太郎先生とその門下の先生方、その他数多の漢方の先人の先生方の助言や支援を得ました。また多くの漢方書を書かれた山本巌先生には側面から御指導を得ました。また温泉医学の泰斗でもあった近畿大学東洋医学研究所の初代所長有地滋先生には特に御指導を得ました。

医薬の現場を日本の各地に研究会を開発支援を実行された、現在医薬界の先人古老の方々への回想の念新たな時代でも有ります。此等の世情に大きく刺激され、日本各地での漢方研究会設立の勃興の火蓋が切られました。
此の世情を身に受けて立ち上がった日本漢方交流会の前身でもある西日本漢方交流会の創設についても、日本各地に創設されつつあった薬系の漢方研究会の勃興への足がかりとして先ず西日本での漢方交流の会を設立の夢を抱きました。将に天空を駆ける馬のようでもあった世情を現実のものにしょうとした切なる願望を反映させようとした事業でもありました。大阪の栃本天海堂の当時の社長栃本満さんとは昵懇の仲でしたので趣味のゴルフ等の会話にもしばしば漢方の会の交流についての話題が登場し、小島勉三さん同様、西日本漢方交流会創立の陰の立役者でもありました。
 
当時の鹿児島漢方研究会について
当時の西日本漢方医薬界には、九州の薩摩隼人の地、鹿児島では鹿児島大学医学部の小島喜久男先生指導の鹿児島漢方研究会が有りました。此の会には小島喜久男先生の直弟子の医師木下玄白先生(後に宮崎漢方研究会を設立)や、現在もご活躍の薬剤師瀬尾昭先生、漢方皮膚病の研究で著名な薬剤師の故吉原浅吉先生が活躍されておりました。私個人としても小島喜久男先生には親しく種々ご指導を戴きました。弟子の指導には懇切丁寧な先生でした。木下玄白先生は古哲のような漢方家で、神経痛・リウマチ・関節炎など非常に良くわかる漢方家として活躍されました。また水中毒の権威でもありました。薬剤師の瀬尾昭先生は漢方生薬の普及に地元でも良く活躍されました。現在もお元気で居られます。吉原浅吉先生は漢方の図書を早くに書かれ、昭和の漢方治療での皮膚病、皮膚炎の古典研究家として活躍されました。私的にも厚い交流が有り非常に謙虚な先生でした。
 
当時の九州漢方研究会について
福岡の福岡大学薬学部の塚本赳夫先生指導の九州漢方研究会、この研究会には懇意にして頂き御指導戴いた医師中山友記先生、薬剤師の久保川憲彦先生や、先般逝去されたお弟子の宮崎綾子先生や現在個人会員に移籍の研究会に貢献された内山ゆき先生、古典萬病回春の研究で著名な吉富兵衛先生(ご子息が継承)などが居られました。また古典研究の泰斗戸田秀実先生(ご子息が継承)が居られました。
また後に九大薬学部で現在名誉教授としてご活躍の西岡五夫先生も九州漢方研究会会長として登場されました。此の研究会から分かれて筑肥漢方研究会を立ち上げられた傷寒論の泰斗森光三先生や、後に正統漢方研究会を立ち上げられ昨年逝去された古典漢方の中島義一先生も居られました。何れの先生方今は日本漢方交流会の行方を天空から微笑みながら期待しながらじっと御覧になって居られる事でしょう。

当時のかんぽう会
L旧神戸木曜会Mについて

兵庫県には神戸の中島随象(大蘇)先生指導の
L旧神戸木曜会Mかんぽう会がありました。鍼灸の造詣も深かった医師の岸本亮一先生、古典研究で著名な医師の山本巌先生、古典素問霊枢や傷寒論金匱要略の泰斗小寺慰枝先生や古典鍼灸の泰斗昆健一郎先生、創立当時にかんぽう会の事務局をされていた中井康雄先生の父君で生薬の泰斗中井映芳先生、幸田藤三郎先生、野口謙三先生、医師の伊藤良先生や蔡宗傑先生などが居られました。かんぽう会の西日本漢方交流会への参加については当時のかんぽう会事務局の中井康雄先生はじめ当時のかんぽう会の幹部の先生方の多彩なご協力が有りました。
また著名な森田幸門先生や杉原徳行先生、坂口弘先生や山元章平先生も支援され当時数少ない古典漢方の研究会でも有りました。当時の各研究会へは東京の矢数道明先生や龍野一雄先生、山田光胤先生、京都の細野史郎先生門下の坂口弘先生、大阪の高橋真太郎先生、医師の西村英雄先生や親交のあった三谷和夫先生等とその他多くの先生方の御指導や御協力が御座いました。私も再三お邪魔致し故人と為られた多くの先生方に御指導を得ました。中でも古哲中島随象先生の想いでは少なくありません。昆健一郎先生は現在も交流がある古典鍼灸の先輩でもあります。

◎第一回 西日本漢方交流会設立当時の参加五研究会の主たる先生方
西日本漢方交流会の発祥地 当時の広島漢方研究会について

西日本漢方交流会発祥の地、広島には会長松島龍








太郎先生の所属す
る広島漢方研究会が有り、松島先生の先輩の小川新先生(後の現在の日本漢方交流会と広島漢方研究会会長)や鉄村豪先生、医師の渡利一水先生や傷寒論のベテランで私とも良く討論し、そして支援を戴いた長尾善治先生(左の写真の中央の先生で長尾講治先生の父君何れも故人)や漢方のベテランで医師にも良く伝授された中祖英雄先生や、酒豪で磊落であり若い会員の指導的シンボルであった山本京三先生(酒豪の京さん)など、吉本悟先生の父君で生薬の泰斗でもあった現在広島漢方研究会理事長としてご活躍の吉本悟先生の父君の故吉本佳一先生とは個人的にも良く討議会話を重ね私の薬局にも来られました。(右の写真は岩国の錦帯橋で、向かって右端が吉本佳一先生です。左の写真の中央は長尾善治先生)
又ご当地の幹部として活躍された呉市の前田安彦先生や富永茂先生や住田喜信先生、田口昇先生や傷寒論の論客近藤敏夫先生や高松の生薬の泰斗中井京先生など、薬剤師で鍼灸師の森岡文雄先生(良導絡研究の)もおられ、その他多彩な幹部の先生方が活躍しておられました。


当時の近畿漢方研究会と近畿鍼灸漢方研究会
山元章平先生指導の大阪の近畿漢方研究会と松島龍太郎先生指導の広島漢方研究会が積極的な交流があり、広島漢方研究会と近畿漢方研究会からの講師派遣の衆方規矩研究で著名な埴岡博先生や、吉益南涯気血水論研究の泰斗として名を馳せた西岡一夫先生や西脇平士、夜久泰造先生先生の父君夜久秀之先生が出張講師として交流を深めました。西脇平士も四年間広島に出張させて戴きかえって多彩な勉強をさせて戴きました。また研究会同士の交流が盛んに行われた事などが西日本漢方交流会の創立の手がかりの一助に成った事に深く感謝致しております。また産婦人科の医師で種々の漢方著書で著名な西山英雄先生も在籍されました。僧侶で漢方家の石塚智閑先生もご活躍されました。山元章平先生の甥で薬剤師の大久保之皓氏も私の薬局で十時間にも及ぶ質問や討論に日を過ごした時代でもありました。奈良榛原の代々の生薬卸商で薬剤師の池中直先生も古い会員でした。東根清、二ノ井譲先生も在籍され講師として活躍されました。
旧近畿漢方研究会にはその他、舌診研究でも著名な医師の三谷和合先生や広島漢方研究会と近畿漢方研究会との交流を積極的に内助の功をなされた小島勉三商店の小島勉三さん(西日本漢方交流会立ち上げの影の功労者)もおられ、また鍼灸師として自論をアメリカまで開示された入江正先生や、脈診鍼灸の泰斗津村享伯先生、近畿漢方研究会会長の山元章平先生の甥の論客で自然農法に現在も活躍の大久保之皓先生、古典研究の東根清先生、現在四国の愛媛で陰陽会を主導の著名な鍼灸師の池田政一先生などが居られました。
故人となられた吉益南涯研究の泰斗西岡一夫先生と漢方の臨床誌の気賀林一さんと共に、大阪梅田で開業され、当時素問解説の執筆をされておられたご多忙の医聖森田幸門先生(傷寒論入門・金匱要略入門の著書でも著名)のご自宅に漢方の臨床誌の当時の編集長気賀林一さん西岡一夫先生と共に参上し、漢方談話と質問討議の機会を得て、ご丁重な種々の御指導を得ることが出来ました事(漢方の臨床誌に記載)などは懐旧の想いでも有ります。
新設した近畿鍼灸漢方研究会では、故人となられた兵庫県朝来郡朝来町の夜久秀之先生(ご子息の泰造氏が活躍)や、金沢の吉野兄史先生、大阪岸和田の今村太郎先生には会の発展の為に絶大なご協力を戴きました。その後古典漢方の泰斗で小寺慰枝(小寺敏子)先生は素問の解説に尽力されました。近畿大学の漢方の巨星となられた久保道徳も山元章平先生の
門をくぐられたのも懐かしい思い出と為りました。 
四国今治の故池田太喜男先生や池田政一、大阪の藤田彰久、宜本徹山の各先生等と多くの先生方のお世話になりました。いまはその幹部の先生ご子息やお弟子さんが指導者になっておられます。その他、北は北海道から南は沖縄まで色々な方々のご依頼等でよく出張講義をさせて戴き、其の地方の漢方の幹部の先生方から反って色々な教訓を得る事が出来ました。正に他流試合に挑む剣士のようでした。
    日本漢方交流会の前身第一回 西日本漢方交流会の創立当時のあらまし



























日本漢方交流会の前身、西日本漢方交流会の創立の狼煙は広島漢方研究会の会長松島龍太郎先生と鉄村豪先生と近畿漢方研究会の山元章平先生と当時広島漢方研究会に出張講義に通っていた西脇平士との厳島の彌山の頂上で、鉄村豪先生の提唱と山元章平先生と西脇平士の合議により一同の賛同を得て発会への狼煙が高々と上がりました。
その場には広島漢方研究会の幹部の山本京三、吉本佳一先生、住田喜信先生なども同席され、万歳の叫びが頂上の碧空に高々とコダマし、忘れられない感慨深い一時でありました。
祈念すべき西日本漢方交流会の創立総会は松島竜太郎先生始め現在の日本漢方交流会会長小川新先生、来賓として細野史郎先生などのご出席も得られました。広島漢方研究会・鹿児島漢方研究会・九州漢方研究会・かんぽう会・近畿漢方研究会の五団体が設立に参加第一回西日本漢方交流会設立総会・学術大会として発足することになりました。

漢方の臨床誌の当時の編集長気賀林一さんやウチダ和漢薬の伊藤敏雄さん、小太郎漢方の上田太郎社長や小島勉三さん等の方々の支援も戴きました。そして業界各誌にも記事が掲載されました。
五つの漢方研究会よりそれぞれ各先生の特技や古典の研究発表が盛大になされました。私事ですが西脇も各種の漢方の古典から瘡瘍病(皮膚病)の用語解説の一覧表を作成して漢方の湿疹三角形図と解説と共に第1回西日本漢方交流会で発表する事が出来ました。


第2回西日本漢方交流会志賀島大会
第2回西日本漢方交流会の大会は九州漢方研究会の主催で、日本のヨット連盟の会長でもあった、著名な故久保川憲彦先生などのご努力で福岡の邪馬台国伝説にも登場する玄海灘を遥かに望む名勝志賀島の国民宿舎で大会が開催されました。話題提供は「肝臓疾患について.腎臓疾患について,高血圧について」でありました。会場では又各々の部屋で夜を徹しての漢方談義や討論の場を設けられ漢方に意欲を燃やす西日本各地の若き血気溢れる闘志達の壮烈盛んな討議は忘れ得ぬ思い出でもあります。          九州漢方研究会の当時の会長で磊落な故塚本先生の色々なエピソードが走馬灯の如く思い出されます。また皮膚病漢方の先輩鹿児島の薬系の吉原浅吉先生や福岡の戸田秀美先生、長崎の傷寒論のベテラン森光三先生や古典研究のベテラン中島義一先生がおられました。宮崎綾子先生も久保川憲彦先生のもとで活躍されておられましが、残念な事に皆、幽明界を異にする人となられました。

第3回西日本漢方交流会


第3回西日本漢方交流会の神戸須磨大会は旧近畿漢方研究会会長故山元章平先生の指示で開催事務局を引きうけ事務手続きと運営一切を企画し神戸の故中島隨象先生の賛同を得るため神戸のかんぽう会事務局の中井康雄先生協力を得て当時としては生気溢れる記念すべき大会となりました。余談ですが、第1回ゴルフ大会も企画させて戴き、大神戸ゴルフクラブで晴天下に開催致しました。故人となられた栃本満さんは漢方のみならずゴルフの技量も中々のものでした。このゴルフ大会は以後数年毎年の西日本漢方交流会学術大会の余興ともなり、漢方の問屋さんメーカーさんの参加も得られ、著名な漢方医の先生方も参加され喜ばれ和気藹々の時代でした。



会場風景

































その後の西日本漢方交流会

第一回 西日本漢方交流会創立後の昭和四十六年には東中国漢方研究会、西中国漢方研究会、四国漢方研究会も参加され近畿鍼灸漢方研究会も近畿漢方研究会の分身として合流し、九っの西日本の研究会に進展致しました。

        以下次号に続く
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   日本漢方交流会学術委員会と学術誌発刊委員選出のあらすじ
                               
現在の玉函
                                           当時の学術委員会担当理事 西脇平士
広島の地で産声をあげた日本漢方交流会も昭和58年の京都大会で第16回大会(16周年)の開催となりました。
この間年1回の総会及び、学術交流大会が主たる行事でありましたが、昭和51年度より新たに交流会の機関誌金匱が發刊されることになり、原則として年1回発刊を繰り返し、昭和58年度には第9号が発刊される事になりました。この刊には今回より初登場の日本漢方交流会学術部会(委員会)の編集による学術的な考察を主流にした記事が同時に掲載されることになり交流会の内容が更に充実してまいりました。
ここにこの学術委員会発足が日本漢方交流会の理事会で承認され現在の学術誌が発刊される事になりました。
○此処に日本漢方交流会の学術誌の現在に至る経過を記して諸先生の御参考にしていただきたいと存じます。
昭和56年11月第14回日本漢方交流会神戸大会理事会、評議委員会に於いて激務の理事長を補佐する意味と会の発展のため、@組織強化推進委員会、A称号認定委員会、B金匱編集委員会、C学術委員会の4部門に分類し各委員長を設けて理事長を補佐し活動する。学術委員会についての部門を下記のように
設定致すことになりました。
1.基礎部門、2臨床部門.3生薬部門.4薬理薬能部門の4部門の部門長及びそれぞれの委員を設けることで、先ず各研究会に4部門につき各部門に1名、計4名の推薦委員の選出を依頼致しました。
報告は昭和57年度第1回理事会、評議委員会当日の昭和57年1月15日付までに西脇迄連絡する
事を合議する。昭和56年12月西脇より各研究会に依頼状発送。
昭和57年1月15日、昭和57年度第1回理事、評議委員合同会議に於いて上記(4部門)の委員の選
定報告を受けるも決定を見ず。
学術部会の昭和57年度のテーマは金沢大会のメインテーマ「水毒症」に関連して「水気病」として4部門により研究報告することになりました。
4部門の学術委員編成のため、昭和57年1月より編制終了の同年4月25日までに5〜6回の委員選出の依頼状を各研究会事務局及び代表宛てに郵送した
イ.   2月中旬、15団体よりご報告あり。
ロ.   4月25日迄に20団体よりご報告あり。
ハ.  年間予算として(全額30万円予定)内20万円入金
 
昭和57年4月25日(於広島)会長、理事長出席の上、選出した4部門長野出席を得、部門長会議によりメインテーマを「水気病」とす。漢方生薬については「防已、黄耆、麻黄」を中心にした生薬及び薬理薬能の研究をすることに合議決定を見、各部門長よりそれぞれの部門長の方針によって各部門の委員に研究依頼状を発送する。この時点で実質的に学術委員会の事業活動のスタートとなる。(昭和57年4月25日)、各部会18名、総勢73名の編成となる。(部門長、部長を含む)。註(参考)金沢大会の原稿申込の第1回〆切は5月末日、原稿は7月末日、第2回は7月末日、原稿は8月20日。
昭和57年度第2回理事会、同年8月29日(於大阪チサンホテル)で開催、学術委員会の金沢大会での報告方法を討議した結果、原稿収集現況の中間報告を4部門長によって行う事に決定し、原稿〆切を同年11月末日と決定した。
第15回金沢大会に於いて上記5に記載したる方法により中間報告を4部門長により行なわれた。また次年度の研究課題は「虚労病」と決定した。そして総会に報告承認された。
昭和57年11月末に締め切った原稿を各部門長のもとで整理し、昭和58年3月に担当理事、西脇迄送付収集された。この原稿によって更に検討し印刷の運びとなり現在諸先生の御手許に配布された次第である。
この間、各部門長を始め各担当部門の極めて熱意あふれる諸先生の御研究の玉稿が予想以上に収集出来、発刊致すことが出来得ました。
今后共委員諸先生の御活躍を更に期待する次第で有ります。
1.  基礎部門…水気病を中心に(金匱要略その他の古典による) 中島義一部門長・正統漢方研究会
2.  臨床部門…水気病(水腫)金匱要略にある処方、防已黄耆剤等を中心に臨床発表。
            林誉史郎部門長・東海漢方協議会
3.  生薬部門…防已黄耆(麻黄)の産地、種類、品質、類似品、修治の調査研究。
            鐵村豪部門長・広島漢方研究会
4.  薬理薬能部門…防已黄耆(麻黄)の古方後世方、その他各先生の立場による薬理、薬能を述べる。 
               中井康雄部門長・かんぽう会
    上記の先生方のご努力により第一号 “水気病の研究” が発されました。
    詳細は“水気病の研究”の誌上に記載されております。
 
    三年後に学術部長を九州正統漢方研究会会長 中島義一先生に委任致しました。その後九州漢方研究会
の内山ゆき先生に、そして現在の庄子昇先生に至る。
 
         以上が学術部会の発足のあらすじです。
詳細は日本漢方交流会のホームページ
http://www.kanpou.com/
を御覧下さい。
 
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日本漢方交流会全国大会記録 (参考) 
  (日本漢方交流会のホームページをご覧で無い方の参考に記載致しました) 西脇平士記                   
                                                   
大会のテーマ 歴史 回数  開催年 開催地 開催場所 を記入しております
第1回 S43年 広島 広島大学
西日本漢方交流会の創立総会 松島竜太郎先生協賛 旧近畿漢方研究会会長の山元章平先生発起、広島漢方研究会事務局長・鉄村豪先生発起 西脇平士提唱 その他広島漢方研究会の幹部の山本京三先生方の協賛により発会に至る。広島漢方研究会・鹿児島漢方研究会・九州漢方研究会・かんぽう会・近畿漢方研究会の五団体が設立に参加第一回西日本漢方交流会設立総会・学術大会として発足する。
第2回 S44年 福岡 志賀島国民休暇村
九州漢方研究会主催 塚本・久保川憲彦先生指揮 話題提供「肝臓疾患について.腎臓疾患について,高血圧について」
 
第3回 S45年 神戸 国民宿舎須磨荘
近畿漢方研究会とかんぽう会共同で山元章平先生の指示により資金調達し開催に至る事務局企画・近畿漢方研究会 西脇平士
第4回 S46年 鹿児島 自治会館
鹿児島漢方研究会主催 小島喜久男先生指揮により開催。
第5回 S47年 松山 ホテル奥道後
四国漢方研究会主催・池田政一主導で開催
第6回 S48年 岡山 農業会館
第6回より日本漢方交流会に名称変更理事長交替問題あり。熟慮協議する。
第7回 S49年 大阪 大阪府中小企業文化会館
近畿漢方研究会 山元章平先生主導 かんぽう会支援 「薬物部会」「古方部会」「後世方部会」「鍼灸部会〕:各部会においての学術発表
第8回 S50年 名古屋 ナショナルビル
岐阜漢方研究会主催 太田裕康先生主導  事務局太田順康 水毒について 近畿鍼灸漢方研究会との討論会は盛況
第9回 S51年 長崎 NBC別館
筑肥漢方研究会 会頭大黒隆男先生 森光三先生主導で開催
第10回  S52年 広島 中国新聞社
第十回記念大会  広島漢方研究会主催 小川新会長 主導 鉄村豪先生 日本医療に於ける漢方の使命,日本漢方の研究の方向を探る(特に薬物を中心に)
第11回  S53年 福岡 第一薬科大学
九州漢方研究会主催 久保川憲彦先生主導 望問診を中心とする証のとり方
第12回  S54年 東京 野口英世記念館
日中医薬研究会主催 渡辺武先生指導 明日の医薬としての漢方薬と食養の追求
第13回  S55年 松山 ホテル春日園
漢方陰陽会主催 池田政一先生主導 明日に役立つ漢方の実際
第14回  S56年 神戸 舞子ビラ
かんぽう会主催 中井康雄先生主導 小児疾患における漢方療法の実際
第15回  S57年 金沢 ホテル・ホリデイ・イン金沢
石川漢方研究会主催 吉野兄史先生主導   水毒症に対する漢方療法の実際
第16回  S58年 京都 京都国際会議場・国際ホテル
日中医薬研究会京都主催 会頭渡辺武先生主題 、血(おけつ)と慢性病
第17回  S59年 岐阜 岐阜グランドホテル
東海漢方協議会主催 太田裕康先生主導主題 気と漢方
第18回  S60年 岡山 岡山カルチャーホテル
東中国漢方研究会主催 緋田義人先生主導 肺・大腸系疾患の漢方療法
第19回  S61年 福岡 二日市・大丸別荘
九州漢方研究会主催 宮崎綾子先生主導 漢方医学における肝・胆の疾患
第20回  S62年 広島 安芸グランドホテル
広島漢方研究会主催 小川新会長  漢方療法における脾・胃の証について 発会二十周年記念大会
第21回  S63年 大阪 大阪国際交流センター
近畿鍼灸漢方研究会主催 会頭黙堂柴田良治先生 西脇平士主導 漢方療法における腎・膀胱をめぐる諸症 副 鍼灸の部
第22回  H1年 高松 琴平町公会堂
 高松漢方研究会主催 陰陽会 徳島和漢薬研究会協賛 事務局香川彰宏先生 真鍋立夫先生主導   三焦と心包について
第23回  H2年 神戸 神戸国際会議場
かんぽう会主催 中井康雄先生主導     瘡瘍病(皮膚の病)の漢方療法
第24回  H3年 熊本 ニュースカイホテル
熊本漢方研究会主催 矢野広昭先生主導   事務局小早川鎮雄先生 膝関節をめぐる東洋医学的治療
第25回  H4年 名古屋 名鉄犬山ホテル
東海漢方協議会主催 会頭長沢元夫先生 主導太田祐康先生 眼を中心とした漢方医学的考察
第26回  H5年 熱海 熱海つるやホテル
日中医薬研究会関東主催 会頭渡辺武先生    河合斎先生・津田照雄先生主導 事務局大沼正先生 小児の病症に対する漢方療法
第27回  H6年 長崎 長崎東急ホテル 
筑肥漢方研究会主催 会頭松岡伯菁先生委員長内田洋一先生 藤田誠先生主導    漢方対策・難病アトヒ゜ー性皮膚炎を主題
第28回  H7年 今治 ホテルアジュール
陰陽会主催 池田政一先生主導       事務局兼任 老人病の漢方治療
第29回  H8年 京都 国立京都国際会議場  
京都漢方研究会主催 会頭 藤村一先生 寺島繁先生 宮川喬行先生主導  「承継と改革」「ストレス社会と漢方」 
                                                                                                                                                                        第30回  H9年 広鳥 広島国際ホテル会議場
広島漢方研究会主催 会長小川新先生 前田泰則先生主導 事務局河本理恵子先生「温故創新」「新世紀の医療に果たす薬系漢方の役割」 発会三十周年記念大会
第31回  Hl0年 福岡 大手門会館
九州漢方研究会主催 会頭 西岡五夫先生宮崎綾子先生主導『化学物質過敏症・アトピ−性過敏症・生活習慣病・血の道症等』の難病治療
第32回  H11年 名古屋 名城大学薬学部 
東海漢方協議会主催 会頭小川新先生 林誉史朗先生主導 薬系漢方の原点を求めて 此の大会より大学の薬学部を会場に選定
第33回  H12年 徳島 徳島文理大学薬学部  
徳島和漢薬研究会協賛 会長勝沼信彦先生 香川彰宏事務局主導・中井康雄先生指導  少子高齢化社会に役立つ漢方
第34回  H13年 福山 福山大学薬学部 
日中医薬研究会関西 ・主導西谷正先生事務局 中井康雄先生指導 健康日本21/現代社会と漢方
第35回  H14年 東京 共立薬科大学
東京漢方教育センター主催 セラピーからメディスンへ 会頭長沢元夫先生 大会委員長川瀬清先生 実行委員長朝長孝子先生 事務局中川智代先生
第36回  H15年 神戸
主催 (法)日本漢方交流会 後援 大阪生薬協会  大会テーマ 21世紀の漢方薬療を探る 
日時 平成15年 11月 23日(日)〜24(祭) 会場 兵庫県中央労働センター 大会会頭・事務局長 中井康雄 準備委員長 村上清尚
第37回 H16年京都 京都薬科大学『愛学館』                                                  主催 共催 (法)日本漢方交流会 京都漢方研究会 後援 社団法人 京都府薬剤師会 社団法人 京都府薬種商協会 社団法人日本薬学会 日時 平成16年10月10日(日曜)〜11日(体育の日)                                                               大会テーマ 『温故知新』 〜薬系漢方の未来像を求めて〜                                       大会会頭 京都漢方研究会会長 細野八郎先生  日本漢方交流会会長 木村孟淳先生 大会委員長 吉川雅之先生 学術事務局 京都薬科大学生薬学教室 松田久司先生 大会実行委員長 宮川喬行先生 各担当役員 大会事務局 中島一仁先生(中島薬局)                                                                                
第38回 ()日本漢方交流会学術総会・広島大会 主催 広島漢方研究会 平成17年1119日〜20日 土曜・日曜 ◎大会テーマ 心と身体(からだ)と漢方 ◎大会スローガン 博采衆方・治療に役立つものを全て取り入れる。★会頭 山崎正寿 準備委員会 実行委員長 吉本 悟 事務局 
735-0029 広島県安芸郡府中町茂陰1-3-12 薬王堂漢方薬局 
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558-0023 大阪市住吉区山之内3-2-20 東洋パンション漢方  漢方・山之内薬局

  

西脇平士
      

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